8/7(火)晴
6時起床、久しぶりのビールで気持ちよく眠れた。まず、朝シャワーで目をさます。前は砂浜なので人はまだいない。ちょっと水の威勢がいいが気持ちいい。
午前7時30分の佐賀関行き始発にのるため、7時にキャンプ場を出発。フェリにはバイクは筆者1台、ゴルフ道具2人分満載の台車1台、徒歩多数、4輪車それなりの乗船状態で、大分のレジャー施設に向かう?のか子供連れのおかあさんが多数乗っていた。この三崎地域と大分とは人的交流はかなりすすんでいるようだ。
午前8時30分佐賀関に到着、まず臼杵方面をめざして出発。9時臼杵市内のマクドナルドで朝食とした。10時ころ臼杵石仏に到着。ここは入場料を取られるので入り口で写真を取るのみとした。

石仏群入口で記念撮影 筆者と観光バスのドライバ氏
この入場料なのだが遺跡維持費とかに使用されるのだろうが、拝観料とかの名目で現存する神社や寺院が運用している場合、この宗教団体に納入することになるので、一部の宗教団体のみを応援したくない筆者(いわゆるリベラル主義者)はみたいのに入れないのだ。この臼杵石仏がそうだとは言わないが、できれば地元の自治体とか自治会の運用とし、金銭の授受の部分は宗教的背景をなくしてほしいものである。ただ、人間の行動は宗教的情熱により起こることが多いのも事実で、この石仏群作者も宗教的情熱により作成したのだろう。もう少し話を大きくすれば、大日本帝国(昭和25年5月まで存在、日本国憲法発布により消滅。ただし、対外的・対内的責任はすべて日本国に引き継がれた。)の遂行した外国への侵略戦争の犠牲となった侵略遂行軍人の慰霊施設が特定宗教団体を名乗ることは、非常にこまるのだ。慰霊することは、特定宗教団体を応援することになるので参加できないからだ。筆者は子供時代から優秀な児童ではなかったので、まじめに学校の先生の教えをうけていない。このことが幸いしたのか旧い思想を刷り込まれなくてすんだようだ。その点、まじめな子供時代をすごした現K首相などは、思想の基本部分に刷り込まれているようにみえる。わかりやすい点でいえば、女性蔑視ともとれる「男として○○」という口癖をやめないところで推測できる。
それはさておき、ここで、観光バスのドライバ氏に道をうかがったついでに記念撮影、岡城跡を目指して出発。しばらく走ると宮崎ナンバーのハーレ氏がこの地の名勝・原尻の滝へ案内してくれた。宮崎ハーレ氏は、阿蘇へのツーリング中だとのこと。このあと岡城跡まで先導していただいた。ありがとうございました。

宮崎ハーレ氏 と 筆者(原尻の滝で)
岡城跡では入城料を支払い登城、岡城跡は、滝廉太郎の荒城の月で有名な城だが、実際に行ってみると南北朝末期に建造された名城で江戸時代を通じてこの地方の中心となる政治の中心地であったようだ。明治期に廃藩置県の政策により城を取り壊し、荒城としたようだ。この歌の作詞者土井晩翠・作曲者滝廉太郎の石碑銅像も城内に作られており、阿蘇・久住連山も見渡せる景勝の地なので、ぜひ一度訪問することをおすすめします。城の石段手前にある御茶屋の冷たい漬物?はおいしいよ(試食させてくれました。)アイスクリームみたいでした。

土井晩翠の歌碑 滝廉太郎の像
この廃藩置県政策は明治期の大政策である。これにより封建制は実質的に廃止され、四民平等を理想とする近代国家?へと変革されたのだ。現日本国でも県・市等の枠組みを見直す時期ではないだろうか?国から地方に権限を委譲する規制緩和がさけばれているが、現在の県で委譲された権限を遂行できる体制をとれる県はどこであろうか?東京都・北海道あたりは十分な実力をもっているとおもわれるが、その他の県府はどうか?政策実行には現在より大きな地方自治組織が必要ではないかと思う。そろそろ道州制の導入を検討する時期かと思うのだが!今回のツーリングでいわゆる国道が酷道化している実態(これに比して農水省管轄?の広域農道や農免林道はほとんどハイウェイだ)をみたため、強く実感した。
それはさておき、本題に戻る。ここで、先ほどの原尻の滝を撮影し忘れたので、ひきかえし、撮影、次は、高千穂なのだが、原尻の滝から最短コースの県道7号線を通ることとした、一応オフローダだしトライアルもそれなりにできるので大丈夫だろう。

原尻の滝 ゆれると怖い つり橋
この道は尾平越で高千穂町に入るのだが1〜1.5車線程度の全面舗装道路であるが、林のなか山のなかをクネクネ走るので大型バイクには楽しくないかもしれない。時間的にも阿蘇外輪山を経由したほうが早い(宮崎ハーレ氏の受け売り)と思われる。途中高千穂町に近ずくと空がゴロゴロなってきた.雨が近そうだ。

高千穂町一本松番所跡 天岩戸神社前駐車場にて
天岩戸神社は境内のなかは、無料だったので、とりあえず観光。有料観光者が受けているガイドを小耳にはさみながら一周。神話にでてくる天の岩戸は、ここから歩いていくようなので、次回にした。
ところで、この神話の天照大神は不思議なんですよね。小説にすると面白いと思うのだが。たとえば、天の岩戸に隠れたアマテラスはこの地方の王の娘であったが、ある時北方からきた外敵により滅ぼされた。アマテラスは幼少より神童としての名声がこの地方(九州全域)に鳴り響いており、この征服者の統領はこのアマテラスを后とすることにより、この地を治めようとした。。。などだ。 天岩戸は実は「尼の岩戸」かもしれない。とすれば王の娘ではなく、妃ということになる。次回訪問までの研究課題としたい。
ここから延岡まで日之影バイパスで直行、途中の日之影温泉は興味津々だったが雨が降っていない時にしよう。延岡では4輪車の強烈な幅寄せをうける。抗議をすると60歳くらいの紳士である。バイクを人間の仲間と思っていないふしがある。まあ注意がきいたようで以降は安全運転になったようだ。宮崎のライダさん大変ですねえ。午後4時なので、どこで宿泊するか検討にはいる。7時まで走ると都城あたりまでいけるのでそれ以南にしようと決め、10号線を南下する。10号線は九州島東部の海沿いを走る縦断路であるので、大型車が多く快適ではないのだ。時間に余裕があれば内陸の他の経路を検討することを進める。宮崎には西都・霧島など見るべきところは多く存在するのだ。江戸時代は薩摩の支配地であったため浄土真宗・浄土宗などが国力を弱くするという理由?で禁止されていた地域である。キリスト教の禁止は歴史上有名(学校で教える)だが、この辺の歴史散策も一興ではないだろうか?
午後9時神川キャンプ場に到着、一人のキャンパーもいないのでまず、風呂に入ろうとねじめ温泉ネッピー館へ入浴料300円はうれしい。道の駅根占前の海浜公園で大阪カブ90氏を発見。日本一周するという。ここにテントをはり、ビールで宴会とした。
本日の走行距離 450キロ 給油2回
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